溜め息も点きたくなる。
何故なら状態の不明さに驚くばかりだからだ。
私の名は関口巽。
渾名と喚べるかどうかは別として、関、と呼ばれることがある。または猿や亀なのだが、この際それはどうでもよい。
ただ—
「おい、猿」
「せめて名前で・・・」
「関」
「違う・・・」
噛み合わない会話とズレている観点。
次に来る言葉は予測出来た。だが真実から目を背ける。
話したくなかった。
「ぼくが呼ぶんだ。なんだって良いじゃないか。」
「なっ・・・ はぁ。」
諦めるしかなかった。榎木津とは生涯一生解り合えない気がした。
「榎さん・・・」
「ぼくが猿と呼ぼうが、関と呼ぼうが、タツミと呼ぼうが、どうだって好い。」
言葉が出なかった。
なんと強引で且つ大胆な人なんだ。
私は一瞬にしてその言葉に吸い込まれた。目が容姿を追い、心が動作に動かされた。一目惚れなんて綺麗なものではない。これは不純な感情だ。たが恋心とは違う。
なんとなく、次の言葉0時0分謂うのは気が引けた。そして無作法な榎木津からはどうした、という言葉が代わりに返ってきた。
「おい。見ろ、タツミ!」
「 ぁ、え、」
一瞬誰のことなのかが解らなかった。自分だと理解するまで時間がかかった。
榎木津は窓の外に指をつき出していて、あっちだ、っ大声で説明する。窓の外を見ると中禅寺が立っていた。
「ふふふ・・・あいつも隅に置いておけないな。」
「な、何を笑ってるんですか・・・!」
「なんだ、見てわからんのか。中禅寺だ。いやぁ、まさかだとは思ったんだが、そのまさかだったな。」
「まさかって、何がまさかなんですか。」
「なんだ、お前知らないのか?ほら、あの噂だ。」
あ、と唸りやっと思い出した。
「あいつ、今付き合っている奴がいるらしい。」
一番知りたくない、認めたくない、聞きたくない、話だ。
「まぁ、あくまでも噂だ、噂。」
私は榎木津などに恋心を抱かない。何故なら私は中禅寺秋彦に恋をしているからだ。