私は黒い学生服、もとい学ラン、に身を包んでいる。父の進めで拳法、と言えるか解らない程凶器に成ってしまった八極拳、を学んでいる。一般的な地元の県立学校生だ。
だがしかし、歪なる恋の形を持っている。
私の見つめる目線の先には何時も、その男がいる。
今もそうだ。
別に珍しくない短発の黒髪をボサボサにほったらかしていて、元からある癖毛がより協調的になっている。着込んでいる隣の私立高校のブレザーは裾が汚れていて彼が上級生だと思い知らせる。ごく一般的な身長にごく普通の格好。髭が生え始めたばかりなのか、幼くも老いても見えない顔は何より彼を彼たらしむなにかがある。
ゴクリと生唾を飲む。
届かないからこそ、欲してしまう。
伸ばせば伸ばすほど届かない存在は、知らない間に自分の憧れから理想に変わり、いつの間にか狂喜へと変貌していた。
あの男が欲しい。
激情に体を任せ、私は家を出て暗闇の中を走る。丁度駅に差し掛かった時に気が付いた。自分の格好はシャツのジャージなるものだったことに。
「あれ? 君は、」
と呆けた男の声が後ろから投げ掛けられた。
「あ、」
と声が漏れる。
「いつも同じ駅だよね〜 まさかこんな時間に会うとは。」
意外だと口に出さずとも何となくは言いたいことが伝わってくる。
「貴方も、同じだな。こんな時間に出歩いては親御が心配するぞ。」
「それはないね。」
「なぜ?」
「二人とも、幼い内に死んだから。」
私は黙ってしまった。この男にまでこんな過酷な人生を歩ませる神はどうかしている。そう思った。
「ま、あんまし関係無いことだけどね〜」
と暢気に言っているのは良いのだが、顔が引きつっている。そうなのか。なるほど。
私は不安です。
とりあえず嗣区よ。