京極党。
そう、私が彼を呼び始めたのは丁度この古本屋—京極党—が建った時が初めてだったか。実はそう好く覚えていない。
思い出は何時も曖昧だ。
「おい、関口くん。」
そう、仏頂面で喚ばれたのは確か—
「な、なんだい、中禅寺くん・・・?」
やや挙動不審気味に返事をするとはぁ、と溜め息を吐かれた。
「君って人は・・・」
机の上を気のない指で指された。慌てて前方を見ると、同じプリントが2枚あった。私は窓際、最後から2番目に席を置いている。つまり—
「いつまで経っても僕に渡らない。」
「すまない・・・!」
最後の関に座っている人に慌てて渡した。
ありがとう、と一言礼を謂ってから紙を握った手は余りにも細かった。
中禅寺秋彦。
このクラス一の変人だ。
つまり言うと、この鬱病気のある私以上に、得体の知れない、化物、である。
高等学校も丁度入り半年経った。秋になり、冷たい風が頬を打つ。
ぶるっ、と体が震える、ある帰り道の事だ。
「おい、」
背中に向かって声が殴られた。
「え、 あ、 ちゅう、 」
声に戦き、振り向くとそこに黒い男が居た。
「ちゃんと喋りたまえ、君・・・ まったく。これだから駄目なんだ。」
「なっ・・・?」
なんと無礼極まりないことを人に言う人なのだろうか。私は反論を言おうと思ったが、同時にその通りだと思い口を閉ざした。
「何か、用か。」
「まぁ、色々と。」
ぶっきらぼうに答えられたは好いが、その後が続かない。
「・・・」
「・・・」
冷たい風が二人の沈黙に唯一音を発ててくれる。だがそれも止み、また新たな沈黙が訪れた。
「ところで君、蕎麦は好きかな。」
「え、」
「ならば嫌いか?それともアレルギイなのか?」
「あっいや、」
答える好きも与えずに喋り続ける。間に私の妙な間の手が入っている。
「うどんも好いね。あ、ところでお好み焼きは知っているかい?」
「お好み焼き・・・?」
「あぁ。西日本辺りでは何処が有名だっけな。」
「・・・君は好きなのか?」
普通に、食の好みを自分から聞いてみた。ただ、一問聞いてみただけなのに、目の前のこいつはさも不思議そうに、驚いたかの様な表情でこちらを見返した。
「あぁ、とても好きだ。」
笑顔で言い放たれた言葉が胸に刺さった。
私に笑顔を向けないでくれ。
そういう病気なのだ。
「そうか・・・。」
私は10代にして鬱病を患っていた。