2012/10/31

「こんばんわ」
不意に背後から爽やか且つ男性的な声がした。
慌てて振り返ってみると、

「榎さん。こんばんわ。」
私は軽い会釈をした。
機嫌好さそうに挨拶をしてきた榎木津礼次郎は私の数少ない病気の理解者であり、京極党によって作られた新たな関係者だ。
何故か機嫌好さそうにこちらを覗いてくる。
「あの、榎さん?」
身長の高い榎木津は何時も私の身体にのし掛かるように話しかける。
「上から見られたら僕は押し潰されてしまいます・・・」

「そうか、なら僕のために潰れろ。」
そう言うと、身体をより重ねて、最早私の標本でも取る気なのかと思わせた。

「や、止めてください・・・ちょ、苦しいです・・・うぐぅっ」

「あっはっはぁ!精精猿の分際で頑張りたまえ!」
実に愉快そうに高笑う。
人の話を聞かぬ先輩には手を焼くのだが、この人は人一倍手がかかる。

「ところで、この関口巽君に何かご用ですか?」
前方からやけにぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
何だ、と見上げると、

「あ、」

「中禅寺、」
榎木津が先に口に出した。
黒い学生服を鎌提げた死神の様に着こなしている。
「ふふは!どうした、そのムッツリ不機嫌顔はァ!!」

「そんな顔していません。」
本を読んでいたらしく、手の開いたままの本をそのまま顔に当てて隠した。そして厭な物でも視るようなどぎつい目付きで冷たく尋ねた。
「それよりも関口君に何かご用だったんじゃないですか?」

「用など後からやってくるものダ!!そんな物に意味など無い!!!」

「意味の無いものに、僕は今潰されかけているんですか・・・?」

「如何にも!」

「・・・勘弁してくださいよ」
実際、本当に勘弁してほしかった。言動は何時も突発的で何事にも法則を作らない変人にはこりごりしていた。
だが私に重くのし掛かり続ける榎木津に、眼前の友人は睨みを一層強くさせた。

「榎さん、知っててやってるなら怒りますよ。」
今までに無いほどの強い口調で榎木津に謂う。知らない友人の一面を見たみたいで、なんか、怖い。

「まぁまぁ、そう怒るなよ中禅寺。」
高笑いする榎木津に怒鳴る。

「怒ってなんかいない!」
初めてこんなにも露骨な怒りと表情を見た。こんなに大声を出すのは中禅寺らしくない。そこでやっと中禅寺は我に戻った。
「っ、と、とにかく、早く離してあげてください。」

「わかった、分かったよ中禅寺」
尚も笑い続ける。
パッと放されて、全身が解放されると同時に榎木津により前へ押し倒された。急いで中禅寺が床につく前に拾い受けてくれたが、当然バランスを崩してしまい妙な方向へ倒れる他なかった。
「わるかった。君の物だったな。」

そう言い残すと、上級生の友達の所へと去っていった。
顔面蒼白な私と真っ赤な顔の中禅寺を残して。

思わず行動の意の不明さに困惑し、目を会わせる。より赤く顔は熱をおび、そっぽを向く。

「つ、次は国語だ。」

「、うん。」

どこからか気恥ずかしさが込み上げてきた。