2013/02/01

衛宮切嗣の成功6

「まったく、士郎はすごいなぁ〜」
「・・・爺さん。ごはん、口端に付いてる。」
「まったく、切嗣はこどもね〜!」
「・・・イリヤ。お前も付いてるぞ。」
何気ない朝ごはん。献立は味噌汁とごはんと藤村家から貰った漬物にジャガイモな煮物とだし巻き玉子。
適当な味付けの上、味見もしていない。勘と慣れからくる味付けの感覚。
「ちゃんと噛めよ、二人とも。」
「「はぁーい」」
意気投合の域を越えて二人はとんでもないシンクロ率で茶碗の中を流し込む。
「・・・」
士郎にとっては愉快であり、同時に歯痒い光景だ。何故なら、少年の瞳は養父の隣に座る小さな少女に向けられている。イリヤ。真っ白い兄妹。


渇れた喉からはもう喘ぎ声さえ絞り出せない。目は赤く充血し、血が滲み出ていた。それも気休めだったかのように、今では血さえも枯れ果て、目を囲むように黒いわっかの黒血が浮き出ている。両腕はだらりと動かず、背後できつく縛られているところは傷だらけだ。足も同様で、椅子に座らせられているにも関わらず、ぶらり、とだらしなく床に垂らした状態だ。生傷は痛々しく、汗が触れる度に焼けるような感覚に陥る。
はやく、
くはやく、
やくはやく、
はやくはやく、
思いながら両腕を解放させようともがく。ぎちぎち、と手首から血が漏れる。零れた血を指に付着させ、記憶にある数少ないルーンを椅子に刻む。破壊のルーンは座っていた椅子を腐らせるようにぼろぼろに崩した。急いで血に濡れた手首を確認する。
よし、
よし、まだある、
駆け出すために足の鎖も解いた。ざりざり、と音を発てながら金属は砕け落ちた。
はぁはぁ、
にげ、
にげださないと、
其処から走る。其所から逃げる。底から上がり、地上を夢みる。まるで蝉の幼虫のようにゆたゆたと地上を目指して歩く。
窓のない部屋は暑い。暑い暑い熱い熱熱熱熱だからドアを目指した。ドアの鍵穴には何も施されていないようだ。小さな光がこちらに手を差し伸ばすように覗いている。
いける。
逃げられる!
不安と恐怖が確信へと変わり、眼には涙が浮かんだ。溢れる嬉しさと明日への希望。
そうだ、帰ったら魔術師なんか辞めて普通の人間として生きていこう。妻も、息子たちも、皆連れて引っ越して、こんな人生なんか忘れて、忘れて、忘れて、今まで培ってきた魔術師としてのプライドも棄てて、
希望の扉が開いた。その顔を—

「お待たせしました、伯爵。」

—絶望へと変えながら。

「あぁ、随分と派手にやられましたね。」
絶望が部屋に入ってきた。仕立てられた黒いスーツ。新品の音をたてる革靴。
まるで影のような存在。
「なんだ、これは。」
絶望の後ろに誰かがたっている。深く被った帽子を少し上にあげてキョロキョロと丸い目で回りを見渡す。
「すいません。勝手に一人でここまでしてしまったみたいです。」
「まぁ良い。どうせ引き取ったあと、生きていられるかも分からない。」
「本当にすみません、」
絶望は申し訳なさそうに頭を下げた。
「良い。こいつはここで受け取ることにしたよ。金はいつもの方法で。」
「いやぁ、助かったよ!これで明日は帰れる。」
「・・・早く帰れ。」
「うん。」
そう言って絶望は後ろを向いて退室した。私に「ばいばい」と手を振るうように。
残った帽子の男は、ため息を吐きながら、それを取った。見えたのは青く疲れきった瞳、顔の傷。近づいてくるに連れて浮き上がってくる体格のよさ。暴力的に腕を拾われながらこう言われた。
「あの人に何した・・・あんなに怒らせて。ま、今から死ぬから良いか。」

そのあとはもう聞こえなかった。
意識が朦朧として、最後には—