2012/09/15

はち

まさに人生の、いや生命の危機と言えるだろう、その瞬間にケイネスは混乱していた。だからこそ気付かなかった。
いや、それとも気付きたくなかったのか。
切嗣とだけ軽く名乗った相手に強風こそ感じたが、別にこれと言って不自然さは感じなかった。寧ろ自然な成り行きで出逢ってしまった、と思った。

ファーストコンタクトから4日後、切嗣から呼び出しがあった。

がらがら、と開いたいつもの教室の扉は見知らぬ下級生に引かれていた。そして一言「先輩・・・」と小さく呟き回りを見渡した。そしてケイネスと目があった瞬間に「あっ」と小さく漏らし駆け寄ってきた。

「ケイネス、だろ?」

「、あ、あぁ。」

「切嗣が、放課後屋上で待ってる、って言ってた。」

「え? あぁ、わかった・・・」

「・・・」

「・・・」

「お前、何かした?」

「?」

覚えが別段在るわけでもないのだが、無いわけでもない。軽く礼を言って、そのえらく馴れ馴れしい同い年に別れを告げた。
ダツ、と寄ってきた同級生の大人しい仲間。皆が先ほどまでの子に興味をむける。ガヤガヤとうるさい中で一人の声が耳に届いた。

「お友達?」

聞き覚えのない声で聞かれたのでつい「ぁ、いや、」と生返事を返してしまった。



放課後、屋上に出てみたらそこにはやはり切嗣がいた。
「やぁ、」
と返事を要求されたので自分も同じ言葉を返してやった。そして私は核心に迫ろうと口を開けた。

「なんで、あの時、私を助けた?」

やや遅れて返された。

「へー。男なのに私って言うんだ。」

なぬのつもりか、冷やかしにでも呼んだのか、ケイネスは怒りを露にした。

「きさまっ! 私、は正しい一人称だ!」

「へぇ。」

と、埒が明かないことを改めて確認したところで何になる。
ケイネスはもう一度深いため息をついた。

「じゃなく、なんで—」
「ふん。」

人の言葉を遮ってまでするものなのか、と思考を停止させる。停止した脳内ではどのようにしてこいつを煮ろうかと苛立った。

「勘違いされては困るな。」

「は、」

続く言葉は相手を遠ざける意思がある。

「別にあんたを助けた訳じゃない。たまたまそこに運悪く居ただけだ。僕が、あんたを、助けた? はんっ 自意識過剰だな。」

そう侮蔑の篭った憎らしい表情で言った。
冬手前の風は冷たく頬を撫でた。屋上には不用心な低いフェンスが建てられている。切嗣の細かな身長はそれにぴったりで、寄り掛かると丁度首のところに手すりがあたる。
すう、と息を呑む。

「運、悪いな、あんた。」

大人の様な口調で言うそいつから目が離れなかった。

「だから僕のお友達なんだ。」