2012/12/02

衞宮切嗣の成功4

貴族制度も、奴隷制度も無くなったが、未だに貴族と言う者は居る。
そして、そのコミュニティーは小さい。
如何に高位な者でも、制度が無くなれば、ただただ広大な敷地をもて余した凡人か、良くて単なる地主かにしか成り下がらない。大半は前者に成り下がり、後世に全くもって不名誉な渾名と共に姿を消した。
だが、やはり生き残りは居る。
「ふぅむ・・・」
長い髪も、長い髭も、床につくほど長くて豪奢な服も、全てが真っ白に包まれた老人は、顔色までもが蒼白していた。眼前の紙に白くった碧眼の視線をじろりと垂らした。小さく呟く。どうしたものかと。
老人は、元貴族である。アインツベルン家の当主であり、仕来たりを誰よりも重んじる。だが今回ばかりは軽視したい気分だった。
「・・・ふざけるな、あの紫バカ。」
震える手には封筒が握られていた。

「敬愛なるアインツベルン当主殿。
  この度は多大なる御迷惑を致します。なねで先に謝らせていただきます。
すいませんでした。

〜省略〜

衞宮切嗣と契約を交わし、イリヤスフィールと私の命が等しくなってしまいました。

なので、       」

ここから先は老人が自ら破り捨ててしまったために読みとれなくなってしまっている。
たが内容を簡略化すれば、こうだ。
イリヤスフィールと自分を交換して、命を助けてくれ、という意味だ。
ふざけるな。
老人は怒りに任せて手紙を細かく破り捨てて、机を蹴り飛ばした。がちん、という情けない音がだだっ広い部屋にこだました。
「まっず、大体なぁ・・・ッ!!!」
老人は蒼白していたなど記憶違いだと思わせるほど怒りに燃え上がっている。それはもう、どこぞの赤い魔物の如く。
「自分のケツぐりゃー自分で拭けってんだ!ワシに助けを求めるな!雑魚が!・・・これだからお名前だけの御貴族様は厭なんだ。誇りも糞も微塵もない!」
などと、人に聞かれては間違いなく人格を疑われるに違いない捨て台詞を吐き、憤怒を持ったまま豪華に彫られた木彫りの椅子に深く身を落ち着かせた。
「ふぅー・・・ まぁ、ワシも、果てた貴族に関しては言えたことではないがな。」
そう。嗄れ果てた声に陰鬱な気分を乗せて、吐息のように口に出した。

そう。この白い老人も、元貴族なのである。
老人は仕方なしに、と云った顔つきで豪華絢爛馬の子再再ま何度も何度も必要異常に呼び鈴を鳴らした。
ガチャリ。表情にまで無色が移ったかのような、これはまた真っ白な女がメイドのように仕えに来た。
「なんー」
「今すぐイリヤスフィールを連れてこい。」
でしょうか、と小さく女は呟いて、愛想なく機械的に、はい、と答えた。

すぐにイリヤスフィールはやってきた。
慣れない手付きで会釈をしたあと、ごきでんようおじいさま、等と口にする。紅い瞳がうるうるとこちらを見詰めては邪険にはしがたい。なので、比較的に優し目の言葉で説明することにした。
「お前の父親は同士紫バカの命と交換にお前の保護者権を譲れと言うんだが。」
しまった。全く優しくはない。仕方ないのでフォローに一言足してみた。
「ど、どうする?」
これはヤバイ。おじいちゃんとしてはいけない。
イリヤスフィールはこちらを、首を傾げながら見詰めている。いたたまれない気持ちが身体中を駆け巡る。今すぐ土に潜りたい。モグラになりたい。
少女は老人の腹までも届かない身長できょとんとしながら質問をする。
「切嗣、ですか?」
「あ、あぁ。」
暫く頭を下げて、考え込むような姿勢で唸った。そしてようやく顔を上げたときには満面の笑顔で言った。
「まぁいいや!」

後にそれがとんでもない名言になるとも知らずに、イリヤスフィールは荷物を纏めて城を後にした。